2014年04月08日
福島橋の人柱伝説
ひょうたん島クルーズは20を越える橋の下をくぐりますが
橋の真ん中に大きな土台が残されているところがあります

福島橋です
この福島橋に残る土台には伝説が残ってます
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橋の真ん中に大きな土台が残されているところがあります
福島橋です
この福島橋に残る土台には伝説が残ってます
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寛永(1624年~1645年)の昔、福島・沖洲といった地域を結ぶ福島橋は徳島藩や住民にとって主要な橋梁であった。しかし、洪水などの災害が起こるたびに橋は崩壊し、渡り船に頼ったりしていた。
当時、架替は難工事であり、藩や住民は崩壊する福島橋に手の打ちようがなく困っていた。工事に際し、「工事に取りかかる日の夜、亥の刻(午後10時頃)にここを通りかかったものを人柱にしよう」ということになり、六部という人物(山伏とも遍路ともいわれる)が鉦をたたき題目を唱えながら通りがかったのを、懇願して人柱としたとされる。六部は犠牲となって棺に入り、その日から49日間鉦が打ち鳴らされたという
出展:ウキペディア
左手は歩道 右手は車道です
歩道はこの土台部分をぐるっと避けるようにカーブして作られました
昔の架設工事はたいへんだったんですね
しかし人柱を入れてしまえというのはちょっと怖いですね
まして通りかかった人をいれるなんて・・・
そんな昔の人の苦労をおもいに浸りクルーズしてみるのもいいかもです
Posted by えいきち at 23:48│Comments(0)
│ひょうたん島クルーズ